「ダニング・クルーガー効果」をご存じですか。これは、筆者お気に入りの、ビジネスにまつわる心理学理論であり、非常に示唆に富んでいます。簡単に言えば、「能力のない人ほど自信にあふれ、本物の実力を持つ人ほど自らの能力に疑いを抱いて悩む」というものです。「ダニング・クルーガー効果」という名前は初耳でも、思い当たる節があるのではないでしょうか。この理論を提唱したのは2人の心理学者で、その名の通り、デビッド・ダニング氏とジャスティン・クルーガー氏です。しかし、こうした心理的バイアスに、もっと以前に気がついていた人がいました。イギリスの哲学者バートランド・ラッセルです。ラッセルは、ダニング氏とクルーガー氏よりもずっと前に、的確にこう言い表していました。「世界が抱える問題は、愚か者が自信に満ちあふれていて、賢い者が疑念を抱えていることだ」

ダニング・クルーガー効果に関しては、困った点が1つあります。この理論のおかげで、職場で同僚やその態度にイラッとする理由がとてもよく理解できるのですが、悲しいかな、自分もまた、この理論に当てはまるかもしれないのです。心理学者たちの言うことが正しければ、私たちはみな、自らの能力を正確に把握できていないというわけですから。

では、それを正すにはどうしたらいいのでしょうか。こうした認知バイアスから抜け出して自分の長所と短所をはっきりと自覚し、短所を改め、長所を伸ばすことは可能なのでしょうか。ダニング氏によれば、その答えは「イエス」です。

コーネル大学の心理学者であり、私の大好きなこの理論を見だした当事者の1人であるダニング氏は先ごろ、掲示板「Reddit」科学コーナーの「AMA(Ask Me Anything:何か質問ある?)」スレッドで、致命的なワナに陥らないための方法を次のように説明しています。

1.常に学ぶ姿勢を持つ

1つめは、最も当たり前と言えるものです。「しかるべき能力を身につけ、常に学ぶ姿勢を持つ」よう、ダニング氏は強く勧めています。

2.最初が肝心

ダニング・クルーガー効果のワナに陥らないために重要な心がけの2つめは、この効果の影響を最も受けやすい状況を認識することです。この効果のワナに最も陥りやすいのは、ある技術や話題に不案内な場合ですから、関連情報や専門知識を集めて十分な備えをするのです。

ダニング氏は、自らを例に挙げてこう説明しています。「つい先月のこと、私は自動車を購入することになりました。人生でまだ4度目の経験です。自分にとってはめったにないことだとわかっていましたから、車について、車の買いかたについて、時間をたっぷりかけて調べました」

3.急がない

あなたが世界的に有名な専門家なら話は別ですが(世界的な権威と呼べる人はごく少数しかいません)、一般的に言えば、すばやく下した決断は、見方が偏っている場合が多いのです。ですから、あっさりと判断を下している時は、ダニング・クルーガー効果のワナに用心しなければならない、とダニング氏は言っています。

「私たちが実施した最近の調査でも、迅速かつ衝動的に下した決断には注意が必要であることがわかっています。そして、ダニング・クルーガー効果のワナにかかりにくい人は、多少なりとも慎重に決断を下す人です。結論を急ぐ人のほうが、自信過剰に陥りやすいと言えます」とダニング氏は述べています。「『この決断は誤りではないか』と、はっきり疑ってかかるのが効果的なのです。『この車の売買取引はとても魅力的だが、何か不都合なところはないだろうか?』とか、『ダニング・クルーガー効果のワナに落ちない方法をここで議論する中で、何か言い忘れた点はないだろうか?』というように」

4.自信を持つべきタイミングを知る

ダニング氏は、自信を持つことが必ずしも悪いわけではなく、時にはきわめて役に立つと強調します。たとえば、「戦闘を前にした司令官」には自信が必要です。ただ、その自信は、それまでに行った十分な自己逡巡や学習、熟考に根ざしたものでなければなりません。

「戦闘の前日までは、過剰なまでに計画を見直し、より多くの兵士や装備を集め、不測の事態に備えた最良のプランBを用意するような、慎重な司令官であるべきです。そうすれば、戦闘当日には万全の態勢で臨めるでしょう」とダニング氏は言います。「このたとえは、アスリートにも当てはまるのではないでしょうか。アスリートは、自己満足に浸るために自信を持つのではありません。人一倍の努力を積み、相手を打ち負かせる作戦を練るために、自信を使いこなすのです」

4 Tricks to Avoid Overconfidence|Inc.

Jessica Stillman(訳:遠藤康子/ガリレオ)

Photo by ShutterStock