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プロモに協力する選手のほうが成長する?ストーリーに裏付けられた川崎フロンターレの新戦略

■スポーツで人を楽しませる、笑顔にさせる

ハーフタイムに、フォーミュラカーがトラックを疾走したり、選手が登場する算数ドリルを地域の小学校に配布したりと、周囲をあっと言わせる川崎フロンターレの企画力は、もはやJリーグという枠を飛び越えて広く知れ渡っている。

その“仕掛け人”と言われた天野春果さんが、2020年東京オリンピック・パラリンピックの大会組織委員会へ出向したのは、今年1月のこと。後を託された一人である集客プロモーショングループの井上剛さんは、「いわゆるスタープレーヤーがいなくなったようなものですからね」と、今の状況を説明する。

「今シーズンを迎えるに当たって、これまで試合のイベントに携わった経験のある社員が僕一人になってしまったんです。だから今年は、あえてやり方を変えず、まずは成功体験を積んでいくことを重視しました」

だが、これまでのやり方を踏襲しつつ、新たな“色”が徐々に出始めているのも事実だ。

「昨年までは束ねる長がいましたけど、そのリーダーがいなくなり、みんなで作っていくことになった時に、自分たちの部署だけでなく、クラブのみんなに声を掛けて、アイデアはないか、これはどうしたらいいかと聞いたんです」

例を挙げるとすれば、『多摩川オカシコ』と銘打って行われた8月5日の明治安田生命J1リーグ第20節のFC東京戦がある。FC東京の協力も仰ぎ、両チームの選手たちがお笑い芸人サンシャイン池崎のネタを全力でパロって試合を告知する映像を制作した。

「早い段階から広報グループに相談して、どのタイミングで露出すれば話題になるかを練ったんですね。それでファン感の当日がいいんじゃないかということで、そこにしたのですが、一言でいえば、これがバズったんです」

クラブの『Twitter』公式アカウントからのリツイート数は1万回を優に超え、オフィシャルの『Facebook』アカウントにおける動画再生回数は約47万回を記録した。

その『多摩川オカシコ』に協力したのが、今シーズンより『コラボレーションパートナー」となった株式会社ロッテだ。「15年くらい前からホームゲームには必ず足を運んでいました」と語る担当の後藤宏行さん(マーケティング統括部 部長 IMCクリエイティブディレクター)は、タッグを組んだ経緯をこう説明する。

「我々にもお菓子で“うれしさ”や“楽しさ”を届けるというモットーがありますけど、フロンターレにもスポーツで人を楽しませる、笑顔にさせるという思いがあるので、まさに一緒だなと。あと、お菓子メーカーとしては、おいしいという先に、驚かせたいという気持ちもある。考えれば考えるほど、フロンターレとスタンスが合致すると思ったんです。スポンサーという枠組みでは提供する意味合いが強くなってしまうので、一緒にやっていくという思いでコラボレーションパートナーという契約形態を取らせていただいています」

実際、『多摩川オカシコ』では、『ビックリマン』とコラボしただけでなく、スタジアムの外で展開するフロンパークに、30メートルの巨大スライダーを作ってしまった。「あれには驚きましたよ」と、後藤さんは言う。

「競技場の周りにあった等々力プールが公園の再開発に伴って閉館してしまい、あの辺りに夏の避暑地がなくなってしまった。そこで私たちとフロンターレで再現しようということになりました。ただ何となくコラボレーションしているわけではないんです」

後藤さんは「スポンサーというスタンスではなく、ライバルみたいな関係なんです」と笑った。

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■クラブのために協力する選手は成長する?

そこには一方的に提供するのではなく、切磋琢磨しながら、ともに作り上げる関係性がある。“おかし”なライバルは、10月14日に行われるJ1第29節のベガルタ仙台戦で、ハロウィンをテーマにして再びイベントを企画している。そこにももちろんストーリーがある。井上さんが説明する。

「今でこそ渋谷が話題の中心ですけど、実は日本のハロウィンパーティーとしては川崎駅周辺が有名で、まさに“発祥の地”と言えるくらいなんです。でも、川崎全域で仮装するような地域のイベント規模になっているかと言われたら、そこまで浸透していない。これをフロンターレでもやることができたら、全市的なイベントにしていけるのではないかと考えたんです」

フロンターレのマインドに触発されてか、ロッテからの提案により、原宿における“KAWAIIカルチャー”の第一人者・増田セバスチャン氏をも巻き込んだ。仙台戦当日には、彼がプロデュースする『KAWAII MONSTER CAFE HARAJUKU』のスペシャルグルメが販売されるという。

等々力に増田セバスチャン氏が訪れ、ハロウィンイベントでコラボすることを聞いた小林悠は、興味を抱くと家族を連れて原宿のカフェに足を運んだという。

小林にクラブの持つ企画力について聞けば、「たまに子どもが顔を出して『楽しかった』と言っているのを聞くと、自分も体験してみたいなって思うことはありますね」と認める。

「イベントを入口にして、サッカーに興味を持ってくれる人もいる。純粋なアイデア力に驚きますよね。確実にそれが集客にもつながっていると思いますし、ホームゲームでの応援のパワーにもつながっていく。それに長く在籍してきて思うことがあるんですよ。クラブのためになると理解して協力できている選手のほうが成長できているというか、結果を残せているかもしれない。そういうことに積極的に協力することも、フロンターレっぽいところなのかもしれないですね」

川崎フロンターレは昨年で創設20周年を迎えた。この20年間で培ってきた哲学はクラブにしっかりと根を張っている。20年前、ホームゲームを開催しても観客はまばらで、等々力陸上競技場が満員になることなんて夢物語のようだった。それから20年、チームはリーグ屈指の攻撃的なサッカーを誇り、クラブは地域貢献度ナンバーワンと言われるようになった。

ここ数年で盛り上がりを見せているハロウィンにしても、フロンターレとして大々的にイベントを試みるのは初のこと。クラブの歩みが示しているように、数十年後、いや数年後、フロンターレの発信も手伝って川崎全域で仮装する人たちの姿が見られるかもしれない。

部署の垣根を越えてスタッフ、選手、サポーター、そして企業を――。クラブにかかわるすべての人を巻き込んで前進するフロンターレには、20年間の経験をポジティブに変えられるパワーがある。

文=原田大輔

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