Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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「歯周病菌がアルツハイマー病の原因であり,治療標的である」という驚くべき論文

2019年02月26日 | 認知症
Cortexymeという創薬ベンチャーがScience Advancesに報告した論文を紹介したい.アルツハイマー病(AD)の原因は,P. gingivalisという歯周病菌(口腔偏性嫌気性菌)であり,この菌が歯肉から血中に入り,加齢や脳血管障害で脆弱化した血液脳関門を通過し,脳内でタンパク分解酵素gingipainを産生・分泌することであるという論文である.そして,このgingipainを阻害する薬剤を用いたADに対する臨床試験がすでに開始されているという本当に驚くべき内容である.個人的には胃がんとピロリ菌の関連が明らかになったときのことを思い起こした.もし事実ならADの予防や治療が大きく変わる可能性がある.論文の内容を箇条書きでまとめたい.

・歯周病菌P. gingivalisは健常人の口腔内にも存在し,歯磨きやフロス,歯科治療などで一過性の敗血症をきたし,冠動脈,胎盤,肝臓などに移行する.
・この菌は3種類のgingipain(Kgp,RgpA,RgpB:KとRはリジン,アルギニンの意味)を分泌し,宿主の感染バリアの破壊などを行う.血管内皮細胞や線維芽細胞などに毒性を示す.

著者らはgingipainがAD脳における神経障害に関与するという仮説を立て,研究で次のことを示した.

・ヒトAD脳と対照脳を各々50例集積しmicroarrayで比較すると,AD脳でgingipain発現は著明に高値である.
・免疫染色でもAD脳の海馬の神経細胞,アストロサイトが,抗gingipain抗体で染色される(図の茶色の部分).さらに脳組織から免疫沈降を行い,gingipainの存在を確認している.
・AD患者脳にくわえ髄液にもP. gingivalisのDNAを検出し,脳内にP. gingivalisが存在することを示した.
・免疫染色とDNAの検討から,健常者でも軽度ではあるがP. gingivalisが脳に侵入していることが分かる.

・次にADの病態に重要な分子としてタウタンパク質,アミロイドβ(Aβ)との関連を検討し,まずタウの神経細胞凝集体であるtangleとgingipainが免疫組織学的に共存することを示す.
・このことから発想を得て,In vitroの実験にて,タンパク分解酵素であるgingipainが,タウを切断することを示す(AD脳ではタウの切断が,不溶化や異常リン酸化につながることが知られている).
・さらにIn vitroの実験で,gingipainは培養神経細胞に対して細胞毒性を持つが,創薬ベンチャーが開発したCOR286,COR271というgingipain阻害剤がその毒性を緩和することを示す.この阻害剤の経口投与はP. gingivalis口腔感染マウスを用いたin vivoの実験で,脳内での炎症,細胞毒性も軽減させた.
・一方,P. gingivalis口腔感染マウスではAβ1-42の発現が誘導される.しかしgingipainを欠損するP. gingivalisの感染ではこの変化が生じないことから,Aβ1-42の発現誘導は歯周病菌に対する防御機構と推測している.つまり,ADの神経変性の原因として,gingipainによるタウ切断が重要で,Aβは単に歯周病菌感染に対する防御反応であるという立場をとっている.
・最後により強力な阻害剤COR388を合成し,同様のマウスモデルで,用量依存性にP. gingivalisの感染,Aβ発現,炎症(TNF)が抑制できることを示した.

本研究の問題を挙げるとすれば,P. gingivalis感染モデルが本当にAD脳を反映したものであるかという点である.脳に炎症が惹起されることは確かだが,AD脳の病的過程を再現できているのかがよく分からない.つまり単純にタウの異常リン酸化や,神経原線維変化,老人班を示せばれば良いのであるが,論文中にそのデータはないことは気になる.

現在,COR388を用いた臨床試験が計画されている.Cortexyme社は分かりやすい動画も公開している.自分はADの克服は加齢をコントロールすることであり,基本的に困難であると考えてきた.しかしもし感染症によりADが引き起こされているのであれば前提が大きく変わる.COR388の臨床試験の成功を期待したいが,私たちにできることはこの論文を信じて,まずP. gingivalisによる菌血症,つまり脳への移行を極力防ぐこと,つまり歯周病予防と治療をしっかり行うことである.

Dominy SS, et al. Porphyromonas gingivalis in Alzheimer's disease brains: Evidence for disease causation and treatment with small-molecule inhibitors. Sci Adv. 2019;5(1):eaau3333.


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