Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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ショートスリーパー(短時間睡眠者)の遺伝子とメカニズム!

2019年09月13日 | 睡眠に伴う疾患
【ショートスリーパーとは】
私は20歳代の頃から睡眠時間が短く,ずっと4.5-5時間睡眠だった.最近は4.5時間が続くと風邪を引きやすい気がして,意識して長めにベッドにいるが,それでも6時間眠れることは年に数回もなく,決まって3時か4時には目が覚める.目覚ましで起きたこともない.3時台からメールを送信し,人から驚かれる.5時間も眠れば会議でウトウトすることはない.国際睡眠分類第3版でいうところのショートスリーパー(短時間睡眠者)である.定義は「日常的に毎晩平均6時間未満の睡眠時間しかとらなくても,睡眠・覚醒についての訴えがない」状態で,「体質的な睡眠欲求の減少」とも記載されている.歴史上の有名な人はナポレオン,エジソン,サッチャー,日本だと森鴎外,野口英世などだが,2009年の発見までショートスリーパーのメカニズムは全く謎に包まれていた.

【ショートスリーパー1番目の遺伝子】
職業や受験勉強などの睡眠環境やコーヒーなどの刺激物によらない短時間睡眠は,natural short sleep(NSS)と呼ばれる.NSSは通常,孤発性(非遺伝性)である.私も遺伝性ではないが,一部に家族例がみられる(familial NSS; FNSSと呼ぶ).2009年にUCSFのFu教授らは,FNSSの原因遺伝子を初めて同定した.具体的には転写抑制遺伝子DEC2にミスセンス変異を見出し,Science誌に報告している.この遺伝子は概日リズムに関わると考えられている.Fu教授らは50家系以上の家族例を集積したが,DEC2遺伝子変異はその後,孤発例で1例認めただけで稀であった.そして10年をかけて,優性遺伝形式を示す1家系において 2番目の原因遺伝子を同定し,最新号のNeuron誌に報告した.

【2番目の原因遺伝子は意外なものであった】
連続する3世代わたり4~6時間の短時間睡眠を呈した家系(図)に対し全エクソーム解析を行い,短時間睡眠者全員にβ1アドレナリン受容体をコードするADRB1遺伝子におけるミスセンス変異(A187V変異)を見出した.既知の遺伝子変異で,10万人あたり約4人の稀な変異であることがデータベース上で公開されている.中枢神経のノルアドレナリンシグナルが睡眠を調整することは知られ,中枢神経α1ないしα2アドレナリン受容体についても検討もなされてきたが,β1受容体は今まで注目されておらず意外な結果であった.



【遺伝子変異がβ1受容体にもたらす影響】
まずin vitroの研究が行われた.β1受容体はGタンパク質共役型受容体で,ノルアドレナリンと結合するとアデニル酸シクラーゼが活性化されcAMPが産生されるが,A187V変異によりβ1受容体分子は不安定となり分解が早く,かつノルアドレナリン結合後のcAMP産生の低下(機能障害)も認められた.

次にA187V変異を持つ遺伝子改変マウスを作成したところ,野生型と比べ,睡眠時間は1時間ほど短く,ヒトの表現型を再現した.さらに覚醒している間はより活発に動くことが明らかになった.

【β1受容体陽性神経細胞は覚醒を調節する】
さらに遺伝子改変マウスを用いて,β1受容体が高発現する領域が,睡眠調節に関わる橋背側であること,そしてβ1受容体陽性神経細胞の活性は,生理的状況において,覚醒時とレム睡眠中に高く,ノンレム睡眠時には認めないことが分かった.このことから橋背側のβ1受容体陽性神経細胞が覚醒を調節する可能性を疑い,光遺伝学的手法を用いてこれらの神経細胞を刺激すると,ノンレム睡眠中のマウスは予想通り覚醒した!

最後にマウス脳スライスを用いて,A187V変異を有する神経細胞は容易に活性化されやすいことが示された.遺伝子変異により,アゴニストにより興奮する(覚醒を促す)神経細胞数は保たれるものの,アゴニストにより抑制される(睡眠を促す)神経細胞数が減るため,相対的にβ1受容体陽性神経細胞は活性化しやすくなり,覚醒に作用して睡眠時間が短縮すると考えられた.なるほど,β遮断薬の副作用に眠気があることも頷けるわけだ.

【本研究の意義】
1)NSSの一部は遺伝性であることが改めて示された.睡眠は複雑であるが,一部は遺伝子が規定していることを意味する.
2)睡眠の恒常性に橋背側のβ1アドレナリン受容体陽性神経細胞が関与することが示された.この知見は新たな睡眠・覚醒のメカニズムの解明につながる可能性がある.

ちなみにFu教授を取材したneuroscience newsの記事によると,機序は不明ながら,ショートスリーパーはより楽観的で,活動的で,マルチタスクが得意であるばかりか,痛みに対する閾値が高く,時差ボケが少なく,長寿であるそうだ(本当かな!?).もし睡眠時間短縮やこれらの良い効果のメカニズムが分かれば,多くの人に役立つ夢の治療薬につながるのかもしれない.

Neuron. 2019 Aug 28. pii: S0896-6273(19)30652-X.
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